水戸黄門からの学び

最近の、日本国内の様々な動きを見ながら思いを巡らせていると
ふと時代劇の水戸黄門が脳裏をよぎった。

黄門様(日本)は、いざというときの為に印籠(憲法9条)を所有しており、
更には、助さん角さんという屈強なボディーガード(アメリカ)を引き連れている。

黄門様は、悪者に囲まれ、ピンチになると一旦は印籠を見せつけ
武力行使なく平和にその場を収めようとする。

一瞬たじろぎ、平身低頭土下座をする悪者たち。
これで、無事に問題解決か、と思ったのもつかの間
悪者たちは、「こいつは偽物に違いない」とかごたくを並べて
あろうことか黄門様を亡き者にしようとして襲いかかってくる。

そうなると、もう黄門様の力ではどうしようもないので
助さん角さんがでてきて、バトンタッチ、悪者は徹底的に痛めつけられ
黄門様には傷一つなく、万事解決めでたしめでたし、という典型的な勧善懲悪ものの
日本人受けするお決まりのストーリーで幕を下ろす。

まぁ、しかし印籠の効力の薄さよ!
結局は悪者には悪者の正論があり、印籠というものは悪意ある他者にとってみれば
所詮、虐げられる「か弱き存在」に過ぎないのだと痛感させられる。

助角のいない黄門様の旅というのは、将棋でいうところの飛車・角落ちの比ではなく
そもそも前提として旅が成り立たない程のインパクトがあるのだ。

こんな喩をすると、決まって「飛躍しすぎ」とか「比較対象が違いすぎ」とか
いろいろな批判を受けることになるとは思うが、批判ウェルカムであるし、そもそも
この話が現在の日本が置かれている状況とイコールだと思うほど僕は馬鹿ではない。

それでも、この話だけで考えると黄門様が無事に旅を続けるには
・いやでもしょうがない、助角の機嫌を取りながら旅が終わるまで同行してもらう
・助角に媚を売りたくないから、黄門様をビルドアップし一人旅ができるくらいまで鍛え上げる
のどちらかしかないのではないかと思ってしまう。

もし、黄門様がうっかり八兵衛と印籠を携え二人旅でもしようものなら
うっかりではすまない結末が待ち構えているのは、火を見るより明らかだろうけど。

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